第6幕・第2話「抜け出せない安売り――テナント店舗の苦悩」

あらすじ

苦境からの脱出と再起をかける、地方のアパレル企業・有限会社SimDenim。
社内システムの抜本的な改善のため顧問コンサルタントの斎藤が連れてきたのは、「人間とAIが幸せに共存する未来を創る」というビジョンを掲げる生成AI活用コンサルタントM.T.であった。

生成AIの実演として自らのアシスタントであるAIキャラクター「Omniはん」の会話デモと資料分析能力を披露し、1ヶ月間のトライアル契約を獲得したM.T.。

その後、M.T.とOmniはんは「海外OEM工場に対し、商品サンプルの縫製ミスを指摘する英文メールを作成する」・「デザイナーに対し、新商品へのアイディア出しに協力する」などで結果を出し、評価を高めていくのだが――

舞台は、営業部長・田中と営業部員・鈴木の首都圏直営店視察の頃に戻る。

フォトリアリスティックな画像。ショーウィンドウに展示された、紺色のテーラードジャケット。SALE30%OFFの値引きPOPが一緒に展示されている。

大型ショッピングモールにて

埼玉県にある大型ショッピングモール。施設内を一通り見て回った田中と鈴木は、フードコートで昼食を済ませた後、同モール内にテナントとして入居している直営店へ赴いた。

入店するや否や、上下をピシッとしたスーツスタイルで固めた壮年の男性が近づき、二人に丁寧に挨拶を始めた。

渡辺栄一(埼玉店・店長):
田中さん、ようこそお越しくださいました。鈴木さんも、遠いところをわざわざ……こうして直接お会いするのは初めてですね。埼玉店の店長をしております、渡辺栄一です。田中さんや中村さんからの引き継ぎをいただいているということで、改めて、よろしくお願いします。

鈴木芽衣(営業部員):
こちらこそ、まだまだ未熟者ですが、よろしくお願いします。

田中洋平(営業部長):
渡辺店長、今日はお時間を割いていただき、ありがとうございます。

渡辺栄一(埼玉店・店長):
いえいえ、引き継ぎや現場の意見の聞き取りとあれば、こちらが協力を断る理由はありません。(芽衣を見やって)鈴木さんは、もうショッピングモールを見て回りましたか?

鈴木芽衣(営業部員):
ええ、先ほど初めて。……すごいですよね。こんな大きなショッピングモール、岡山にはありませんから。

渡辺栄一(埼玉店・店長):
いやいや、岡山だって、駅前の好立地にあんな立派なモールが出来てますから、負けてはいないと思いますよ。……ここで立ち話とは行きませんので、奥のスタッフルームにご案内します。どうぞこちらへ。

渡辺栄一(埼玉店・店長):
(パート店員に対し)私は本社の方とのミーティングがありますので、ちょっと失礼します。奥のスタッフルームにいますので、何かあったら呼んでください。

店員に声を掛けると、渡辺は田中と鈴木を伴い、店舗奥へと進んでいった。

店舗用のノートパソコンに売上データのチャートを映し出しながら、渡辺はポツリポツリと語り始めた。

埼玉店・店長、苦境を語る

渡辺栄一(埼玉店・店長):
販売データは日報や週報の形でメールでもお送りしていますが、改めて申しますと、苦戦が続いております。特に年度末や年度初めには、周りのライバル店舗と張り合うために割引セールを実施しましたので……

鈴木芽衣(営業部員):
(怪訝そうに)でも、売上自体は出せてますよね? このお店だけで、ウチの売上の4割はあげていますし……

渡辺栄一(埼玉店・店長):
見た目の数字だけでしたら、確かにご指摘の通りなんですが、「利益率」の観点から申しますと……

田中洋平(営業部長):
(芽衣に助け舟を出すように)そうですね。ウチの平均の粗利率は55%くらいですけど、こちらの店舗の場合、40%を切るくらいになってしまっている。

渡辺栄一(埼玉店・店長):
そうなんです。周りのライバル店舗を見ても、高級品はウチより有名なブランド・低価格帯は国民的なアパレルチェーン店が入居してます。利幅の大きな高価格帯ラインナップを売りたくても、どうしても名の通ったライバルに負けてしまい、結局普及価格帯の商品を売りさばくことになってしまって……。

鈴木芽衣(営業部員):
(バツが悪そうに)あ……。

渡辺栄一(埼玉店・店長):
確かに、年度末や年度初めのセールでは売上を出しはしましたが、対応するスタッフのために人件費もかかってしまいました。それに加え、この大型ショッピングモールに入居するためのテナント料もかかってきます。それらを、値下げした売上から差し引くとなると、手元に残るのは……。

田中洋平(営業部長):
しかし、重要なのは利益率だけではありませんよね。このような好立地に出店することで、首都圏の中堅ファミリー層にもウチの商品をPRする効果もありますし。

俯いて何も言えないでいる鈴木に代わり、田中がフォローの声を出した。

渡辺栄一(埼玉店・店長):
ええ、おっしゃりたい事は分かりますし、ねぎらって下さったことには感謝します。ですが、先ほども申し上げたように値下げ圧力がかかっていますし、現場は普及価格帯の商品をさばくのに精一杯で、高価格帯の購入に向かうようにお客様と育っていく方法が見つけられないでいるんですよ……。

渡辺栄一(埼玉店・店長):
私が入社したのはバブル崩壊の直後でしたが、まだ販売現場には勢いがありました。「値札を見ずに買っていく」なんてお客様はいませんでしたが、それでも週末には飛ぶように売れていきましたよ。「渡辺、今日はお疲れだったな。新人なのによく頑張ってくれた!」って、日曜日のレジ締めの後に店長が飲みに連れて行ってくれたことが何度もありました。「手応えと納得のいく疲労感」があの頃にはありましたが、今は違いますね。家に帰っても、手早く食事を済ませ風呂に入り、ボーッとテレビを見て時間が来たら寝る。……妻との会話も、随分と減りました。

苦境を伝える渡辺の言葉が、田中と鈴木の両名に重くのしかかっていた。

渡辺栄一(埼玉店・店長):
……「お客様と育っていく」って、言うは易しですよ。  

週末に売り場に立ってみてください。レジ列の対応・商品の補充・裾上げの受付……目の前のやるべきことをこなしていったら、気づけば「蛍の光」が流れてきて閉店時間が迫ったのが分かる。  

目の前のお客様に「あ、また来たいな」って思ってもらうには何が必要か、私たち自身もう分からなくなりかけてるんですよ。

……私自身、なんだか、店を守ってきたはずなのに、自分がどんどん擦り切れていくような気がしています。


鈴木芽衣(営業部員):
(利益率……お店の人たちの苦労……私、何にも分かってなかったんだな……)

帰りの新幹線の車内。芽衣は「推し」のアクリルキーホルダーを握りしめながら、数時間前の渡辺との会話を反芻していた。夕焼けに染まりながら高速で流れていく富士山の姿も、その虚ろな目には捉えきれないでいた。

次回予告と人物紹介


次回は時系列が現在に戻り、場所は岡山市内の居酒屋に。

斎藤コンサルとM.T.がなにやら語り合うが……。

次回もお楽しみに!

登場人物の紹介は、こちらからどうぞ