第1幕・第1話「ジーンズの山に埋もれる営業部――産休間近の社員も巻き込まれた朝の大騒動!」

あらすじ

1965年に岡山で産声を上げた「有限会社Sim Denim」。

高度経済成長期とジーンズブームに乗り、一時は多くの従業員を抱えるアパレルメーカーとして勢いに乗っていたが、バブル崩壊・リーマンショック・円高不況などの荒波に揉まれ、苦境にあえいでいる。

現在は「商品生産を他社工場に委託」・「正社員を10数名に絞り込み、商品企画と直営店3店舗の運営にスリム化」・「自社のWEBサイトによる商品のネット通販」などの取り組みで生き残りを図っていた。

朝一番の大騒動

岡山県の郊外にある、SimDenim社の倉庫。始業より間もない時間帯に、社長を含めた従業員総出で、血相を変えて商品の検品に当たっていた。

田中洋平(営業部長):
(手に取ったジーンズを見つめながら)んー、こりゃどっちだ? 僕じゃ分からない。

鈴木芽依(営業部員):
(ジーンズの束をドサッと置きながら)由香さん、次はこっちをお願いします。

伊藤由香(企画開発部長):
(苛立たしげに)あー、もう。また来るんかい! 見分け方のコツはさっき教えたでしょうが!

佐藤大輔(社長):
微妙な違いだし、万が一間違った商品をお客様にお渡しするようなことがあっては大変だ。
伊藤くん、すまないが、君が最後の砦なんだよ。

伊藤由香(企画開発部長):
(不機嫌そうに)もっと違うところで頼ってほしかったでっす!

鈴木芽依(営業部員):
(申し訳無さそうに)すみません。私がもっとメールを確認していれば……

伊藤由香(企画開発部長):
(検品作業を続けながら)言い訳は後で聞くわ。それよりも、早く次を持ってきて!

「海外の業者に生産を委託したジーンズの中に、色違いのロットが混ざっていた」。
思わぬ非常事態に、社員は全力で事態の収拾に取り組んでいた。

中村美咲(営業部員):
(ジーンズの山を見つけて)ええと、次はこれを由香さんのところに持って行けばいいのかしら。

佐藤千賀子(総務パート・社長夫人):
美咲さん、あなたは事務所に戻って。誰か一人は、電話番や来客対応に残ってほしいの。

最終チェック待ちのジーンズの山に手をかけようとした中村を、社長夫人が制した。

中村美咲(営業部員):
えっ!? それなら、千賀子さんが事務所に残ってくれても……

佐藤千賀子(総務パート・社長夫人):
妊娠中のあなたに無理はさせられないわ。こっちは私たちでやるから、心配しないで。

中村美咲(営業部員):
千賀子さん……分かりました。ありがとうございます!

伊藤由香(企画開発部長):
あー、もう! 私がもう一人欲しいくらいじゃああああああ!!

佐藤千賀子(総務パート・社長夫人):
伊藤さん、気持ちは分かるけど、落ち着いて。
急に大声を出すのも控えてください。妊婦さんだって居るのよ。

いら立ちを隠そうともしない伊藤と、それをたしなめる千賀子のやり取りを背に、中村はオフィスへと帰って行った。
そして午後。検品作業は終了し、各自はそれぞれの仕事に戻っていた。

疲弊する現場

鈴木芽依(営業部員):
由香さんまで手伝わせてしまって、ごめんなさい。

伊藤由香(企画開発部長):
いいのよ。あなたには、海外工場との英語メールのやり取りを手伝ってもらってるからね。たまには恩返ししないと。

伊藤由香(企画開発部長):
ま、正直言うと、余計なトラブルなんてゴメンだけどさ(笑)

鈴木芽依(営業部員):
本当にすみませんでした……。

伊藤由香(企画開発部長):
真に受けるなっての(笑) 前の職場でもトラブルは何度も経験したけどさ、今日の比じゃなかったわよ。

中村美咲(営業部員):
あら、また由香姉さんの武勇伝? 若い子をいじめるのは止めてあげてくださいね。

伊藤由香(企画開発部長):
おいおい美咲ー、私がネチネチパワハラするように見える~?(笑)

中村美咲(営業部員):
そうね。「イライラが限界を超えたら周りに当たり散らす」とき以外は、頼りになる「皆のお姉さん」ですものね。

伊藤由香(企画開発部長):
あー、もう。また痛いところ突いてきよってからに~(笑) この性格、どうにかできるなら、とっくにどうにかしとるわい!

伊藤由香(企画開発部長):
(美咲のお腹に手を当て、語りかけるように)さっきはビックリさせてゴメンよ。でも、あんたはお母さんのこんなところ、真似しなくていいかんね。もちろん、あたしのマネもしなくていい。

鈴木芽依(営業部員):
(クスッと笑いながら)美咲さんのお腹も、だいぶ大きくなりましたよね。今、5ヶ月でしたっけ?

中村美咲(営業部員):
そうよ。産休に入るまで、あと3ヶ月ってところね。

鈴木芽依(営業部員):
すみません。私への引き継ぎだってあるのに、今日のトラブルでスケジュールを遅らせちゃって……

中村美咲(営業部員):
気にしなくていいわよ、芽衣ちゃん。慌てずに一つずつこなして行きましょう。


田中洋平(営業部長):
横からゴメンよ。…美咲さんの妊娠が分かってから、外回りはずっと僕が担当してるからね。芽衣ちゃんへの引き継ぎ、特に直営店とセレクトショップの担当をいくらか引き受けてくれたら、僕もスケジュールに余裕ができそうだ。

田中洋平(営業部長):
特に最近は、社長とお付きのコンサルさんの肝いりでネット通販事業まで始めたからね。IT担当まで押し付けられてしまって、たまんないよ。日帰り東京出張や残業で時間のやりくりが大変でさ、家に帰れば、子どもの寝かしつけや家事分担で妻と衝突したりとか。

田中洋平(営業部長):
あ、なんかゴメンね。結婚生活に幻滅させるような事言っちゃって……

鈴木芽依(営業部員):
いえ、別に気にしてなんか……(「征ちゃんが居れば大丈夫ですから!」なんて言えない)

中村美咲(営業部員):
そういえば、北千住の岡田さんを始め、各店長さんのSNSの取り組みって、上手く行ってるのかしら?

田中洋平(営業部長):
どうだろうね? 直近の月次レポートでは、そんなに売り上げが伸びてるようには見えないけど。

田中洋平(営業部長):
IT担当にはなってるけどさ、SNSやらマーケティングやらって、僕の専門外なんだよね。役職手当が増えたわけでもないし、正直言って、モチベも上がらないよ。

田中洋平(営業部長):
ま、その辺は、お付きのコンサルさんが上手いこと考えてくれるんじゃないの?

伊藤由香(企画開発部長):
(営業部のやり取りを横目に、PCに向かいながら)あー、もう。最近のファッショントレンドがどうなってるのか、分かんなくなってきたわ。私の感性も鈍ってきたんかい……

伊藤由香(企画開発部長):
気づけばアラフォー一歩手前、独身、彼氏なし。このままじゃ私……

伊藤由香(企画開発部長):
(ハッと我に返り、スマホのインカメラを起動して自分の顔を映し出しながら)いや、まだ行けるって。うん、前を向いていこう!

伊藤由香(企画開発部長):
(机の上からデザインラフを描いた紙を持ち上げ、眺めながら)……にしても、最近、「これだー!」って思うようなアイディアが出て来んのよねー……

産休に入る従業員の引き継ぎ、そして感性が鈍ってきた開発部門。
果たして現場は、この問題を乗り越えられるのか。

次回予告と人物紹介


次回は、社長や財務部長ら幹部層の視点から、SimDenimの“今”を掘り下げていきます。

技術の波に翻弄されながらも、現場を支えてきたベテランたちは、何を思い、何に悩んでいるのか――。お楽しみに。

登場人物の紹介は、こちらからどうぞ