第7幕・第3話「これが私の『原点』――スーパーカーのドラマが教えてくれたこと」

あらすじ

苦境からの脱出と再起をかける、地方のアパレル企業・有限会社SimDenim。

社内システムの抜本的な改善のため顧問コンサルタントの斎藤が連れてきたのは、「人間とAIが幸せに共存する未来を創る」というビジョンを掲げる生成AI活用コンサルタントM.T.であった。

生成AIの実演として、自らのアシスタントであるAIキャラクター「Omniはん」の会話デモと資料分析能力を披露し1ヶ月間のトライアル契約を獲得したM.T.は、現場と協力しながら「海外OEM工場に対しての英文メール作成」・「デザイナーに対し、新商品へのアイディア出しに協力する」などのAI活用法を提案し、評価を高めていく。

一方で、SimDenim社の直営店は「薄利多売と店員の疲弊」・「SNS運用の伸び悩み」などの課題を抱えていた。これに対し、M.T.は先輩コンサルタントの斎藤と共に会議に臨み、「WHYをベースに会社戦略を立案すること」を提案したのだが--

TVドラマ「ナイトライダー」をオマージュしたフォトリアリスティックな画像。黒いスポーツカーが走っている。画像上部には、This is my WHYのキャッチフレーズ

WHYとは何か

佐藤大輔(社長):
WHYとは?

M.T.(破戒僧コンサルタント):
それについては、動画を見ていただくのが一番手っ取り早いですね。コンサルタントのサイモン・シネックさんという方が提唱している「ゴールデンサークル理論」に基づいた考え方なんですけど……

そう言いながら、M.T.はノートパソコンの画面に講演の動画を映し出した。

高橋清志(財務部長):
……なるほど。

佐藤大輔(社長):
iPodやiPhoneの根底には、「世界を変える」というWHYが根付いている。そう考えると、確かにAppleの強さに説得力が出ますね。

M.T.(破戒僧コンサルタント):
そうなんです。ご理解いただけたようですね。

佐藤大輔(社長):
つまり、M.T.さんはこう言いたいのですね? 「Appleに匹敵するWHYを、SimDenimとして見つけ出せ」、と。

M.T.(破戒僧コンサルタント):
(大きくうなづいて)はい。まさしくその通りです。

M.T.(破戒僧コンサルタント):
とは言っても、「日本のモノ作りの良さを世界に広めたい」なんてレベルじゃダメですよ。そんな手垢のついた言葉では、人の心は動かせません。

佐藤大輔(社長):
(苦笑しながら)……手厳しいですね。

M.T.が語る原体験

M.T.(破戒僧コンサルタント):
少し長くなりますが、私のWHYについて解説しましょう。最初の営業のときにもお伝えしましたが、

人間とAIが幸せに共存する未来を創る

人間の善性の追求

これが、私の掲げるWHYです。

M.T.(破戒僧コンサルタント):
佐藤社長は、アメリカのアクションドラマ「ナイトライダー」をご存知ですか?

佐藤大輔(社長):
いえ、恥ずかしながら、まったく……

M.T.(破戒僧コンサルタント):
80年代のアメリカで制作された勧善懲悪モノのドラマシリーズなんですが、主人公のマイケルが乗るクルマにはスーパーコンピューターが搭載されているんですよ。KITT(キット)ってあだ名が付けられているんですが、言葉を話すことができ、ドライバーと冗談を飛ばし合ったりもします。

KITTを搭載したスーパーカー「ナイト2000」は、ライフル銃弾を跳ね返す超装甲・ターボブーストでの超加速などが可能なハイテクの塊で、マイケルとのコンビで悪い奴らをやっつけていく。そんな物語が描かれていたんですね。

高橋清志(財務部長):
ああ、思い出しましたよ。流行ってましたねぇ。

M.T.(破戒僧コンサルタント):
高橋さんはご存知でしたか! 放送当時、私は4歳のガキンチョなので「わー、クルマがオジサンとおはなししてる!」くらいの理解度しかなかったんですが(笑)、「人間と機械知能のコンビネーション」というワクワクを子供心に植え付けてくれましたね。

M.T.(破戒僧コンサルタント):
私がAIを使うことに抵抗感がないのは、原点にナイトライダー・KITTとの出会いが有ったからですね。

高橋清志(財務部長):
なるほど。それが「AIと一緒に幸せな世界を創る」というビジョンにつながってくるわけですな。あなたのAIに対する親しみの根っこは、ナイトライダーのKITTだったんですね。わかりますよ……あの車は、単なるマシンじゃなかった。「相棒」でしたもんね。

M.T.(破戒僧コンサルタント):
はい。まさにそれです。KITTは「意思を持った機械」というだけでなく、「人間を信じてくれる存在」でした。完全に自動運転だってできるのに、ハンドル操作をマイケルに任せることもしょっちゅうありましたよね。

高橋清志(財務部長):
(楽しそうに)そうそう。「人間のためにマニュアルコントロールの余地を残している」っていうのがミソですね。……なるほど、つまりあなたは、「子どもの時に感じたワクワク」、「ナイトライダーの世界」を現実にしたいんだ。

M.T.(破戒僧コンサルタント):
「人間とAIの相棒コンビ」という意味では、そうなりますね。毎週のように悪党がうじゃうじゃ湧いてくる世界は、御免被りますが(笑)

M.T.(破戒僧コンサルタント):
(真面目な顔で)ですが、私は手放しでAIの可能性を称賛しているわけではありません。

佐藤大輔(社長):
……と、言いますと?

変化に備えよ

M.T.(破戒僧コンサルタント):
最初に申し上げた通り、AIの性能は急速に高まり、プログラミングの分野などでは人間のトップ層と変わらない実力を示すまでになりました。このままだと、数年後には「AIが人間の知性を完全に超える」、そんな日が来てもおかしくないと思っています。

佐藤大輔(社長):
そうですね。私も最初にあなたのお話をうかがった時には「そんな馬鹿な!」と思いましたが、1ヶ月ほどAIに接した今となっては、あなたの予想も荒唐無稽とは言えなくなりました。

M.T.(破戒僧コンサルタント):
ご理解に感謝します。そのようにAIが進化していけば、私達の社会生活が大きく変わるかもしれません。

・AIが人間の仕事を奪えば、大量の失業者が生まれて社会問題化する

・「良い大学→一流企業」という出世神話・学歴社会が崩壊する

・「記憶力が良い」・「パターン理解に優れている」程度では、AI相手に勝負にならない

こんな風に、人間の意義や社会システムが根底から揺さぶられる日が来るのかもしれません。

高橋清志(財務部長):
いやはや、「ナイトライダー」とは打って変わって、陰鬱な未来になりそうですな。

佐藤大輔(社長):
そんな未来が来たら、我が社では太刀打ちできませんね。

M.T.(破戒僧コンサルタント):
ええ、「そんな未来になっても、変わらずに評価される人間の価値とは何か」。それを考えた末にたどり着いたのが、「人間の善性」という根源的な要素でした。

M.T.(破戒僧コンサルタント):
もちろん、私が挙げたような「暗い未来」が絶対に来るという確証はありません。

・「人間を超えるAI」というプログラムが組めるのか

・高性能のAIを動かすためのコンピューターシステムを大量に組み上げ、それを動かすための莫大な電力を供給できるのか

など、問題はいくつもあります。

M.T.(破戒僧コンサルタント):
「人間の善性の追求」というのは、「どのような未来が訪れても損をしない活動」でもあるんです。

自己啓発書の名著『7つの習慣』も、「原則に従え」と言っていましたよね。「時と場所を越え、人間社会で高く評価されてきた価値観--誠意・謙虚・誠実・勇気・正義・忍耐・勤勉・質素・節制・黄金律などに従い、内面の人格を磨き上げよ」と。

私は著者のコヴィー博士ほどの人格者ではありませんし、もっと打算的に行動していますが、「人間の善性の追求」というのは、「AIにマネのできない、つぶしの効く活動」だと思ってるんです。

佐藤大輔(社長):
なるほど。最初にお聞きした時には「随分と宗教家じみたことをおっしゃられているな」と思いましたが、今では、あなたの感じている危機感・WHYを追求する目的がよく分かりました。

高橋清志(財務部長):
近江商人の「三方よし」しかり、商売と道徳を結びつけるのは、確かに説得力がありますな。

次回予告と人物紹介


佐藤社長と高橋部長に対し、自身の原体験を含めながら「WHY」について語るM.T.

これを受け、Sim Denimの幹部はどう動くのか……。

次回もお楽しみに!

登場人物の紹介は、こちらからどうぞ